過去の日記を電子化中・・・1989/9/23~24 宗像沖ノ島

神域の島として,最近はよく報道もされている島=宗像沖ノ島。
女人禁制で男も身を清めてから,しかも神事以外では上陸できないことを知ったのは,この釣行時よりだいぶ後の事である。
KJり仲間ののKYさん梶川さんと一緒に博多まで行き,餌の購入とかしたはずだが,もう全く記憶にない。

出航時刻は何時頃だったのだろう。
とにかく時化ていた日で,出航時には波高2.5mだったと記憶している。

(極めて大雑把な言い方だが,波高2.5mで快方に向かう場合は出航,天候悪化の方向ならば瀬渡し中止)

港を出るとすぐに船は大揺れ。
危険なのでデッキに出ることは許されず,乗り物に弱い私は一番船尾よりの出入口の階段に腰かけていた。
船に強いほとんどの人達は船室内でゆっくりしている。
しかし,三角波といっていい短い波長の波。5メートル近く一気に上下する船。
ドンドンと船が波を叩くたびに,尻は浮かんでは床に叩きつけられる。

あまりに大きい波の時には,どどどどとっ・・・とエンジンをスローにしてやり過ごすけれど,横にころげそうなくらい船は大きく傾く。
さすがの海の猛者たちもほとんどの人が船酔いにやられたようで,無口になっている。

でも,船に弱いはずの私が酔わなかった。
波の頂点で尻が浮きそうになった時に,ちいさな窓から遠くの島影がみえた。
「小呂島だ・・・」

少し前に小呂島通いの渡船が,時化の時に出航して転覆。
船長以下,乗客がすべて死亡ないし行方不明・・・というニュースが頭をよぎった。
船長の顔には,釣人のスパイクで踏みつけられたような傷がついていたと言う。
(ネットで調べてみたけれど,今となっては細かい情報は見つけられませんでした)

波の頭でどどどどとっとエンジンがスローになるたびに,どんっどんっと尻が浮いて叩かれるたびに,転覆するんではないかと言う恐怖心で,船酔いしている暇がなかったのです。

案ずるより産むがやすし・・・ではありませんが,無事,宗像沖ノ島に到着。
とこの岩場も一杯だったけれど,先客がいて1度は離れた磯に2度目は無理やり瀬付けして磯上がり。
先客は「なんでこーなるの」・・・と苦笑していました。

釣りはじめましたが,大した当たりもなく,一発大きなあたりと引きがあったけれどそれはどうも付近をふわふわしていたウミガメに針がひっかかったものとおもわれ・・・。
狙いのヒラスは自分たちも先客も釣り上げられず。

陽が落ちる前に腹が減ったので,準備してきた焼肉をバーナーで焼いて食べようとしたけれど,夕マズメ,釣りに夢中なKK氏たちは食べに来ません。
釣りの時にイライラしてキレることはないんだけれど,この時は切れてしまって,一人で3人分の焼肉を平らげました。

そして,そのまま夜がきて・・・仮眠中,朝3時頃に「しくっ」と背中とお腹に激痛が。
すぐにわかりました=尿管結石の発作です。

波に叩かれて,腎盂の石が尿管に落ちたのでしょう。時化と恐怖で精神的にも参っていたのかもしれません。
帰りも運転しなければならないのに,痛みが続いていたらどうしよう。まんじりともせず,夜明けまで岩の上でうずくまっていました。

幸い,朝方には痛みはなくなっていて,無事運転して帰る事が出来ました。

帰る前に,船は宗像沖ノ島の港に入港したけれど,釣り客を上陸させるわけでもなし。「なにしてんだ?なんで上陸させないんだ!」
と,腹立たしく思った次第。
帰宅後,すぐに広島市民病院受診。
和紙膀胱を開発した事で著名な泌尿器科の先生に診察してもらったところ,やはり尿管結石でした。

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